Monthly Archives: 3月 2023

ジュディ・ヒューマンさんを偲んで

アメリカの障害者の権利運動家ジュディ・ヒューマンが3月4日にお亡くなりになりました。
謹んでお悔やみ申し上げます。
アメリカのバイデン大統領より声明が出されましたので掲載し以下に当会役員のメッセージを記させていただきます。

バイデン大統領の声明

ジュディ・ヒューマンは、アメリカの障害者権利のための先駆者であり、車いすの戦士でした。車いすを使っているため幼稚園に入れないと校長に言われた時から、ジュディは残りの人生を障害者が本来持っている尊厳のために戦うことに捧げました。 彼女の勇気と激しい擁護の結果、リハビリテーション法、障害者教育法、障害者自立支援法という、障害者の教育、職場、住宅などへのアクセスを向上させる画期的な成果が生まれました。また、ジュディは2つの大統領府で指導的な役割を果たし、複数の障害者支援団体を立ち上げ、現在も国内外の人々に恩恵を与えています。 ジュディとは長い付き合いです。私が副大統領だったとき、ホワイトハウスで一緒に会議を開き、差別や放置されている人々の障壁を取り除くための継続的な取り組みについて話し合いました。彼女の遺産は、私の政権にいる多くの有能な障害者公務員を含む、すべてのアメリカ人にインスピレーションを与えています。 Jillと私は、Judyの夫であるJorge Pinedaとその家族全員に深い哀悼の意を表します。

 


ジュディ、ありがとう。

JIL顧問 中西正司

ヒューマンケア協会の立ち上げを間近に控えた、1986年の1月に、米国の自立生活センターを訪問することとなった私は、当時ダスキンの障害者リーダー養成研修を終えてカリフォルニアのバークレーにいた樋口恵子さんの紹介を受けて、ジュディ・ヒューマンと出会いました。ジュディは、全米各地のセンターのどこを訪問して、誰に会うといいのか、と私の訪米プログラムをコーディネートしてくれ、リーダーたちと繋げてくれました。各地での訪問を終えて、バークレーのジュディのところへ戻って、研修の成果を報告しました。彼女は、私を暖かく迎えてくれて、家に泊めてくれました。私の報告を聞きながら、とても適切な質問とアドバイスをくれたことを覚えています。
このことが縁で、ヒューマンケア協会を立ち上げて2年後の1988年に、日本でピアカン集中講座を開催し、ジュディに講師として来てもらいました。80人を超える参加者が全国から来て、三日間の講座を受講して、とても有意義な時間でした。
その後も、国際障害者年のイベントや、DPI世界会議札幌大会、ブラジルへの訪問など、ジュディとは何度も一緒に仕事をしました。
プライベートでも、ジュディとは、私の妻の由起子も親しく付き合っていました。彼女は日本料理が好きで、てんぷら屋さんに行ったり、すき焼きを一緒に作ったりしました。おいしいと言ってよく食べていたものです。日本に来た時に、一緒に新幹線に乗って移動していた時は、新幹線の乗り換え中に駅売店でいろいろなポッキーを物色していたことなど、日本のお菓子も好きでした。
アメリカを訪問した時に、ジュディが繋いでくれたリーダーの中でも、セントルイスの自立生活センターであるパラクオッドの、私と同じく頚損のマックス・スタークロフとパートナーのコリーンとは特に仲良くなりました。ジュディが危篤の時に、コリーンはすぐに病院へ行きました。ジュディの意識がなくなりかかった時に、コリーンから、「今ならまだ彼女の心に話しかけられるから」といって、私と由起子にメールをくれました。この連絡が日本時間の未明であり、翌朝に確認したため間に合わず、とても残念に思います。
ジュディは、教員になりたかったけれど、教育委員会から教員免許を与えることを阻止されました。彼女は裁判に訴えて勝利し、車いすに乗った、州で最初の教師となりました。このエピソードからも、彼女の権利意識の高さがわかります。日本ではこの点が少し弱いですが、交通アクセスや介助派遣など、障害者が地域で生活をできるように活動していくことを、自立生活センターの役割として訴えてきました。日本には施設入所者がまだ多いので、これらを解消するためのサポートをきちんとやっていくように、ということで、若い障害者の自立促進に努めるようにジュディには言われました。
ジュディも、マックスもコリーンも、私がILを引き継いでくれたという気持ちが強かったようで、何かあればいつも連絡をくれて、相談をし合っていました。
ジュディ、ありがとう。


インクルーシブを体現した愛深き人ジュディを偲んで

JIL副代表 今村登


2013年に盛上さんの紹介で佐藤くんがヨシコ・ダート(YD)さんに会いに渡米し、ADAの父と称されるジャスティン・ダートさんのことや、アメリカの障害者運動のことについてじっくり話を聞いて来た。YDの話に魅了された佐藤くんは、翌年に仲間を連れて再度訪米するのでその際に色んなリーダーを紹介してもらうことを約束し、帰国後平下くんと私に声をかけてくれた。

しかしその直後にDPIの事務局長に就任することになった佐藤くんは、どうしても仕事の関係で日程が取れず、2014年は平下くんと私、そして若手の近藤くんで渡米し、盛上さんとYDにご紹介いただいたリーダー達に面会した。
この時のミッションは、色んなリーダー達に会い、日米の障害当事者同士の繋がりを強化(再構築)すること。そして、翌年(2015年)にワシントンDCで行われるADA25に日本からも参加させてもらう許可と協力を得ることだった。
最初シカゴでマーカに面会したことを皮切りに短期間で複数のリーダーたちに会い、最後はDCでジュディに会った。
すでに多くのリーダー達に会い、「よく来てくれた」と歓迎され続け、ジュディに至ってはご自宅に招待され「えっ、あのジュディ・ヒューマンの自宅に行けちゃうの?」っていい気になっていたが、その時私達はジュディに叱られた。
「あなた達、なんで男ばかりなの?来年は女性もいなきゃダメよ!」
お恥ずかしいながら、それまで「ジェンダーバランス」という視点が抜けていたことにハッとさせられた。
こうして、ADA25は多くの若手の女性リーダー達に声をかけることになり、介助者を含み総勢約60名もの大所帯で真夏のワシントンDCに向かったのだった。
その時参加してくれた若手の人達が主となりADA27を企画実行し、グローバルILサミットも盛り上がりWorld Independent Living Center Network(WIN)が発足した。
ADA25、27に参加した若手リーダー達が今、男女共に全国各地で運動の主軸を担っている。
特に女性陣の躍動は素晴らしい。
あの時ジュディに叱られていなければ、未だ日本のIL運動はジェンダーバランスという視点、意識が欠け続けていたかもしれない。
ユダヤ人で、祖父母はホロコーストに遭い、自身は障害故に入学を拒否され、教員になることを拒否され、社会からのあらゆる拒否、排除にあっても、常に仲間と共に立ち向かい道を切り開き続けてきたジュディ。
「障害者運動・ADAの母」とも称されるジュディは、アメリカの公民権運動、女性解放運動を参考に障害者運動を牽引してきたという。
さらに世界各国に足を運び様々な差別を目の当たりにしてきた彼女の視点は、障害種別やジェンダーだけでなく、国や人種、言語、宗教、年齢、職業あるいは地位などの違いをもろともせず、誰とでも分け隔てなく、常に気さくで優しさと厳しさを持った愛情深いものだった。
WINが発足した2017年のグローバルILサミットの会場に私は居られなかった。
前年の2016年に起きた相模原障害者殺傷事件から1年後の追悼集会を担当していたため、遅れて渡米したからだ。
DCでジュディに再会した時、「あなたどうしてたのよ?姿見ないから心配して、ずっと探していたわよ!」と駆け寄ってきてくれて、理由を話すと
ギュッとハグしてくれたことを昨日のように思い出す。
彼女のことだから、今頃はJDやマーカ等、多くのリーダー達との再会を楽しんでいるだろう。
私もやがてその輪に胸を張って加われるよう(胸張れなくてもジュディのことだから排除しないだろうけど)、残りの人生、しっかり生きていこう。
「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい」ってことだな。
ジュディに出会えたことと功績に心から感謝し、ご冥福をお祈りいたします。

滝山病院の看護師による患者暴行事件に関しての
抗議及び要望

医療法人社団孝山会 滝山病院
管理者 朝倉重延 殿

全国自立生活センター協議会
東京都八王子市明神町4-11-11シルクヒルズ大塚1F
代表 平下耕三
精神障害プロジェクト一同

滝山病院の看護師による患者暴行事件に関しての抗議及び要望

 私たちは全国120か所にある、障害者の権利擁護と地域での自立生活を実現する「自立生活センター」の集まりです。私たちは障害の種別を問わず、人として尊厳をもって地域で自立生活することをサポートし、また地域社会の変革に取り組んでいます。

 2023年2月15日のマスコミ報道で、昨年4月に滝山病院の看護師が患者に暴行をはたらいた容疑で警察に逮捕される事件が発覚しました。警視庁はさらに3人が暴行をはたらいた容疑で捜査をしていると報道されています。この様子は監視カメラに「しゃべるな、黙ってろ」と頭を叩く場面が収められており、はっきりと暴行の場面が映されています。

 患者を支援する代理人弁護士の2月17日の記者会見によると、「患者約10人から、虐待を受けたとか退院したいとの相談があった」「院内で記録された映像や音声などを分析したところ少なくとも10人以上の職員が暴行や暴言などの虐待行為を行った可能性がある」「被害にあった患者は少なくとも20名になる」と指摘されています。音声データには「もっと本気で行くぞ。腕の骨折るぞ」などの録音もされ、面会時に弁護士に泣きながら「連れて帰ってほしい」と訴えた患者もいたと言います。さらには東京都の昨年の6月の実地調査により「国から求められている看護師らを対象にした虐待や人権に関する研修を、十分に行っていない」と口頭指導を受けています。また違法な身体拘束の疑いがあると報道され、このような状況から暴行・暴言は昨年の1月から4月にかけてだけ行われたとは考えにくく、日常的に暴力行為が蔓延し、それを管理者が見過ごしていた可能性が深く懸念されます。症状や強制入院で自由に退院することができない患者に対し、日常的に暴言・暴力・安易な身体拘束を行うことは、医療従事者としてあり得ない非人道的な行為であり、人間の尊厳を奪う決して許せない行動です。私たちは障害当事者として激しい怒りと憤り、深い悲しみを抑えることができません。

 そして更に、2月25日にNHKで放送されたETV特集「ルポ 死亡退院 ~精神医療・闇の実態~」で明るみにされた内容はあまりにも衝撃的でした。

 昨年の10月には国連障害者権利委員会から総括所見が出されており、その中で精神科病院での身体拘束、強制入院、虐待などの人権侵害行為は直ちに是正することが求められています。私たちは、一昨年神戸市において発覚した神出病院の虐待事件が大きく問題視された中、自らの病院内の虐待を見過ごし、人権侵害を放置した管理者と病院の責任を追求するとともに、患者の人権を軽視した病院運営と現場の人権意識の乏しさに厳重に抗議し直ちに対策を講じるとともに、放送されたような実態が真実であれば、滝山病院の解体と廃業を強く求めます。

<直ちに行うこと>

  1. 警察や行政への全面的な協力、情報提供と第3者機関による徹底した調査や患者一人一人への聞き取りを行い、虐待の全容を隠すことなく明らかにし、市民に報告すること
  2. 病院管理者、経営者は東京都の口頭指導を受けていたにも関わらず放置し、このような事件を起こした責任をとること
  3. 虐待を受けた患者のみならず、すべての患者に精神的なケアを行い、退院・転院希望の調査、希望者に対する退院・転院を滞りなく進めること
  4. 内部通報者が不当な取り扱い、不利益を被ることのないよう対策を講じ、その対策を公表すること
  5. 現場の医師・看護師のみならず病院管理者、経営者を含めたすべての人に、人権教育を直ちに行い、2度とこのような事件の起こらないよう、現場の改革をすること
  6. 病院関係者への人権教育にあたっては、長年障害者の権利擁護を行っている当団体の人権委員会が開催する「障害者虐待ワークショップ」など当事者視点での人権研修を取り入れ改革を進めること

通常であれば医師、看護師等職員の人権教育を徹底した上、病院運営を改革して新しい体制を作ることを要望するところであるが、2023年2月26日にNHKで放送された内容を踏まえると、暴力・虐待事件、病院運営体制、方針が社会的に許される事柄ではないことから、滝山病院は警察、行政、第3による調査委員会に全ての記録と真実を述べ、実態を明らかにした上で、全ての責任をとり滝山病院は病院を解体し、廃業すること。

<解体・廃業を求める理由>

  1. 多数の職員が人権を無視した暴言、暴力を日常的に行なっていたこと
  2. 弁護士との面会は患者の権利であるが、実際患者が患者が面会をすると、後から暴言・暴力を加えること
  3. 看護師長、ベテランの看護師は本来新人看護師に対し、正しい記録の書き方、人権を守り看護の大切さを教えるところ、自分達の病院側の都合の良いやり方で人権を無視したやり方をそのまま教育していること
  4. カルテに虚偽の書き込みをしていたこと
  5. 録音された音声によれば看護師長院長も暴行やカルテの虚偽の記録を承知していたこと
  6. 死亡退院が全体の78%という異常な数字であること
  7. 根本的な糖尿病などの身体的疾患が悪化していても治療をせず、時には床ずれを深部組織が見えるほど放置し悪化させ、生命だけを長引かせるだけの対処をしていること
  8. 医療保護入院時、医師が威圧的な診察をした上で、患者に虚偽の出来事を作り出し、行政に対しても虚偽の報告をしたこと。また家族に対しても虚偽の報告をしたこと
  9. 医院長は旧朝倉病院で大量の死者を出し、保険医の取り消しを受けたにもかかわらず、今回また病院運営者として復帰し、虐待、虚偽の報告、人権無視など前回同様の虐待行為をしていること

2023年3月1日

 

滝山病院の看護師による患者暴行事件に関しての抗議及び要望

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